名古屋リーマンブログ

人のフリ見て微調整。リーマンウェブログ

家業(損害保険代理店)を継ぐかどうかは人生のテーマだった

IT活用の流れ

 

もう数年前に引退したが、実家は損保代理店を営んでいた。親父が所長でおふくろが使用人。今はもう引退してるが、時代の流れでパソコンを使用しなければならなくなってよく相談された。

 

パソコンの選定、インターネットの接続、設定方法等全て代理店持ちで自腹だ。親父(当時67歳)はよく嘆(なげ)いていた。

「もう老人なのに、こんなことをよくさせるよな〜、〇〇保険はいったい何考えてるんだ。ついていけない奴はやめろってことか?」

 

親父に救世主

 

実家に顔を出すたびに何度も聞いたが、IT推進活用する時代の流れは止められない。おふくろが今から10年以上前(当時60歳ぐらい)、定年したばかりで理由は不明だが、みずからアビバに大枚をはたいてパソコン習得にいそしんでいた。Windowsやらエクセル、ワードのたぐいだ。

なので、高齢にもかかわらず、同世代よりはパソコンには慣れていた。そのため、損保代理店ソフトとインターネットまわりについて、親父をサポートできていた。損保カスタマーセンターと随分やりとりしたと思うが。

 

たぶんおふくろがアビバに通ってなかったら、親父は随分苦労しただろう。ただ個人事業主はパワーがある、親父は自分で稼いでいるだけに底力がある。あなどってはいけないという意味では、何とかなったのかも知れないとは思うけど。

 

結局、継がなかった

 

自分が損保代理店を継げば一番良かったのかもしれないけど、いろいろ熟慮したうえ、結局やめた。いろいろ熟慮とは書いたけど、頭の隅には常にあって独立するということはサラリーマンをしていても定期的には考えていた。

 

なぜなら、はじめの会社を辞めるときも、いろんな体裁を考えて「親父の後を継ぐ」という理由で辞めた。実際は違ったんだけど。(ごめんな親父

それに、親父にすすめられた損保代理店になるための必須の資格かなんかがあって、当然サラリーマンをしてて、忙しくて面倒くさかったけど親孝行だと思って、試験を受けたりした。合格したときは、おふくろから「父さん、すごく喜んでいたよ。」と聞かされた。今となっては申し訳ないの一言だ。

 

都合3回転職したけど、常に親父の後を継ぐということは必ず考えた。1人で〇〇保険の支社に行ったりして、リサーチしたり転職活動したりしたぐらいだから、あと一押し背中を押される何かがあれば、親父の後を継いでてもおかしくなかった。だが結局継がなかった。

 

親戚は個人事業主や経営者ばかり

 

親父の実家や兄弟、おふくろの実家や兄弟も、サラリーマン家庭のところは、ほとんどなくてみんな個人事業主やら経営者をしている。独立するべき環境なのかもしれない。だから不思議といつかは独立するのかな~と考えてはいたんだけど現時点でもまだ中年おっちゃんサラリーマンをしている。

 

たぶんサラリーマンに、会社に、自分の居場所をみつけていて、なんだかんだ文句を言いながら今のところ何とか折り合いをつけれているんだろうと思う。会社がつぶれたりしなければきっと自分はこのままなのかも知れない。

 

 

継がなかった理由

 

・親父ほど車に興味がない

・数年間の修行制度がどうしてもイヤだった

・代理店をするのに稼ぎのある保証人が必要(自分も親の保証人になっていた

・インターネット社会の到来で保険代理店は不遇の時代になる

・親父とは仕事を一緒にするイメージがわかなかった

・住宅ローンがあり安定した稼ぎを手放せなかった

 

大まかにいえばこんな感じ、損保代理店の仕事じたいは保険に興味があったから悪くないとは思っていた。ファイナンシャルプランナー(AFP)を取得していたぐらいだから、自分自身のことだけど嘘ではなかったと思う。ただ上記のようにメンドクサイことが多かった。誰かの庇護の下で事業を行うとはこういうことだと実感した。

 

やることが多くなったが実入りが少なくなる

 

親父は稼いでいた当時、「個人事業主はいいぞ~~。契約さえとれればあとは自由だし悠々自適だぞ。」と言っていた。よく聞かされていたけど、晩年は〇〇保険の悪口ばかりになっていた。

 

なぜなら、パソコンもやらなければいけない、書類もなくならないから今までどおり書類の管理もしなければいけない、個人情報にうるさくなってきたからその知識も必要で、老体に鞭打って講習会も頻繁に出席していた。やることが増える一方だったのに、きわめつけは、稼ぎの肝となる契約手数料を下げられたことだ。

 

ようは、大元の保険会社も苦しくなってきて、自分たちを守らなくてはいけなくなったので、代理店にしわ寄せがきてしまったということだ。なので、自分の息子にも継がせたいとはなかなか言えなくなってきていたみたいで、廃業するときも継ぐのか継がないのかというような相談は一切無くなっていた。

 

年齢には勝てない

 

また衰えを感じた失敗もあったみたいだ。言ったいわないの世界なんだけど、顧客に損失を与えてしまったらしい。詳しくは内容は説明されなかったけど50万円を負担したみたいだ。「何のために働いとるのかわからんわ~~」と嘆いていた。

 

そして目も悪くなり糖尿病も発症し、77歳で損保代理店をたたんだ。少なからず顧客もいたみたいだけど、懇意にしていた仲間の代理店に譲ったりして整理したみたいだ。〇〇保険の本社からもいろいろ案内がきていたのを見せてもらったが、白黒の書類の類いで実にあっさりしていた。

www.758n.nagoya

でもよく働いてくれていたと思う。77歳まで現役であれば御の字だ。現役の間は実家のお金の心配はいっさいしていなかった。それだけでもありがたいことだと思う。

 

損保代理店は救世主だった?

 

親父にとっては〇〇保険は救世主だったかも知れない。サラリーマンをしていて転職も何度か失敗していた親父は、最初は洋菓子の不二家のフランチャイズをやろうと考えていたらしい。だけどおふくろが損保代理店の話しをどこからか聞きつけてきて、親父は車好きだから、いいと思ったみたいで、親父もそれにのっかって損保代理店をはじめたみたいだ。

 

だけど最初は思うように契約がとれずに苦労したらしい。毎月の手数料もスズメの涙、4人の子だくさんだったから、逆におふくろから「もう辞めたら?」と親父を説得しはじめたらしい。でも、親父は何かてごたえをつかんでたかも知れないけど代理店を辞めなかった。窮地は窮地だったみたいで、仏壇に毎日手をあわせていたみたい。そんな窮地も何とか乗り切り、保険代理店で家族を養ってくれました。

 

〇〇保険にも親父にもいろんな意味で感謝感謝です。

 

 

 

結び(独立を考えている人へ)

 

家業を継ぐにかかわらず、独立するということは非常に大変だ。親父をまのあたりにしてきたから実感している。(親父は成功したスゴイ人だと個人的には思っているけど)確かにいいときもあったが、時代の流れには抗(あらが)えない。抗えるほど組織ができて大きくなっていれば何とか生き残れるかも知れないが、なかなか難しい。

 

保険代理店の行く末は予想した通り厳しい。他の国はどうか知れないがITの進んでいる日本では違う業種を選んだほうがいいかも知れない。今やSNS等で販促できなければ、売上の伸びは期待できない。保険代理店は調べたことがあるが規制が厳しすぎる。保険代理店は、自分で独自ドメインでホームページも持てない。ITを活用したいのにITを活用しきれない。規制緩和が必要だ。もし独立するならITを活用できる業種を考えて選ぶべきだ。

 

ブラックでなければサラリーマンも悪くない。社会保険の知識は概要でいいから独立する前に知っておくべきだ。健康保険、年金、雇用保険、労災すべてひとまとめで社会保険だ。若いうちは社会保険のことまで考えれないかも知れないけどあえて言っておきたい。

www.758n.nagoya

「独立する前に社会保険のことを考えて欲しい。将来のことに大きくかかわってくる。それでも独立する覚悟があればすればいいと思う。正社員サラリーマンであれば社会保険はもれなくついてくる。ただ独立して会社組織<法人>にできたら社会保険はもちろんもれなくついてくるけど全額自分負担だよ(会社と自分両方という意味で)。」

 

おしまい

Copyright © 2017 758n's ReBlog All rights reserved.