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糖尿病の親父が緊急入院した!! ついに合併症か? 足首から下にところどころに紫斑(しはん)、ただごとじゃないぞ!

夜中のLINE連絡

 

6月中旬夜中に、実家のお袋からLINEで、21時過ぎに連絡がありました。

 

「こんばんは、父さんが市民病院へ緊急入院しました。病名は検査結果が出てからで入院日数も未定です、今週の日曜日頃から特に左足のくるぶしに赤い斑点ができその後日をおうごとに腫れてきて昨日、整形外科にかかったのですが医師からこれは心臓に関係があると判断され紹介状を書いていただいて今日にいたりました。とりあえず報告しておきます。」

 

親父は齢80で、先日誕生日を迎えたばかりでした。「80の声を聞いてすぐか、。」ちょっと胸騒ぎがしました。

 

 

甘い物好きで糖尿病

 

親父は、昔から甘い物が大好き。よく食べてたから大柄で太ってました。今から5年前、75歳で目の違和感から(飛蚊症)眼医者に行ったときに糖尿病を疑われて病院を紹介され、まぎれもない糖尿病と診断されました。

 

もう好きなように食べれないから、かわいそうだな~。俺も気をつけようと思ったしだいです。じつは私も甘いものが大好き、このままいくとほんとうに親父みたいに糖尿病を発症すると断言されたようなものです。

 

おふくろは太陽のような人(できた女房)

 

親父が運が良かったのは、おふくろが昔のタイプの女性で、親父によく尽くしていたことです。おふくろがいなかったら、この5年間も、糖尿病を食事の面からサポートして、なんの合併症も発症しないように血糖値をコントロールできていたのは、まさにおふくろのおかげです。よく考えたらスゴイことなんじゃないかと思いました。

 

だけどついに、合併症が出てきてしまったかと少しあきらめにも似た感じでした。入院は糖尿病もあるので、徹底的に検査入院のためでした。

 

嫁いでいる妹と一緒に、土曜日に病院へ見舞いました。思った以上に親父の体調が悪そうで何も食べれない状態だった。大好きな御座候(大判焼き)を買っていってあげましたが、「いらない。食べれないんだ。」と、か細い声で一言。

 

 

親父は昔ながらの人

 

親父は年々歩けなくなっていて、巨体のわりに足が細っていくのが、気になってはいましたが、歩くようにうながすと、昔の人なので、難癖つけて疲れるのがイヤだから歩こうとなかなかしませんでした。

 

おふくろがそれでもしつこく言うと、癇癪(かんしゃく)を起こして怒り出してしまうので、おふくろじゃないと他の人じゃ親父の面倒はみきれないなと思っていました。

 

おふくろはスゴク大変なんだけど、悟っているようなテイで、ある意味、親父は徳のある人だなとうらやましく思えたりもしていました。

 

足の話しにもどるけど、糖尿病が原因で足が壊死をおこして切断しないといけないのか?という不安が一番ありました。おふくろもそう考えていたようでした。

 

最初に告げられた病名

 

医者に告げられた疑いのある病名は、ホウカシキエンというものでした。ホウカシキエン?蜂窩織炎って書くみたいです。一応、引用しておきます。

 

<蜂巣炎(蜂窩織炎)は重症化した場合には緊急入院も>

蜂巣炎(ほうそうえん)・蜂窩織炎(ほうかしきえん)は、毛穴や傷口から細菌が侵入して、皮膚の深い組織が炎症をおこす感染症

広い範囲に、赤み・痛み・腫れがみられ、38度以上の高熱がでることがある。炎症がおきた組織を顕微鏡でみると蜂の巣の仕切りのように見えることから、その名前がつけられている。症状は全身に起こり、とりわけ膝から下によくあらわる。

皮膚炎だからとあまく見てはいると、突然、重症化して緊急入院する人もいる。

 

直観的にこんな病気じゃないなって思っていたんですが、おふくろは朝昼晩と病院に何度も通って親父の介護(介助)をしていました。おふくろが先に倒れないか心配でしたが、わたしは全然大丈夫と気丈でした。

 

実は血管炎

 

ただ親父の症状は、蜂窩織炎の治療をしてもあまり良くなりません。検査の結果、次に血管炎が疑われたみたいで、ステロイド投与治療が開始されました。

 

これが転機になって日に日に良くなっていったみたいで、LINEでも逐一報告を受けていました。足の腫れもひき、食欲も出てきたみたいで、なんと数日後には退院してもいいといわれました。オーーッ、すごくうれしかったです。奇跡が起きたと思ったぐらいです(大げさだな、でもほんとそう思った)。

 

看護師の妹は冷静だった

 

一時は重症で、もうとうぶん自宅に帰ってこれないんじゃないかと思っていたので、おふくろも何より親父も非常に喜んでいました。

 

看護師をしている妹の見解によると、「あまり喜ばないほうがいい、糖尿病が原因なのは確かだから免疫も低くなっているし、またいつなんどき急に悪くなるかもしれない。薬はもう手放せないと思うよ。」ということだった。

 

80過ぎれば、1つや2つの病気持ちはしょうがない。とりあえず自宅に戻れたのが何よりだ。おふくろの体力のことも心配だったし、自宅大好き(おふくろが常にそばにいて自分の思い通りになるのであたりまえ、徳があるっていうか、お子ちゃまか!って言いたくなるけど今さらしょうがない。)の親父が病院は耐えられないだろうな、かわいそうだなと思っていたので本当に良かった。

 

親父の一言

 

結局緊急入院してから2週間後退院できることになった。退院当日、妹と一緒に親父とおふくろに付き添い、病院の1歩外に出たときの親父の一言が印象的。

「あ~~、風が気持ちいいな~~。」車椅子にのってしみじみしていた。

「親父、退院おめでとう、良かったな~~。」実際は言わなかったけど、心の中でそうつぶやいていました。

 

正式な病名

 

後日、市民病院じゃなくてもっと大きな更生病院っていうところに通院して、正式な病名は「過敏性血管炎」っていう病気でした。つかみどころがないあまり原因がよくわからない病気みたい。引用しておきます。

薬物、ウイルスなどがアレルギーの原因となって、細い血管に炎症が発生
 過敏性血管炎とは、薬物やウイルス、細菌感染、化学物質などにアレルギー反応を起こすことが原因となって、全身の細い血管に炎症が起こる疾患。細動脈、毛細血管などに限局的に急性、壊死(えし)性の炎症が起こります。
 種々の膠原(こうげん)病、悪性腫瘍(しゅよう)、炎症性疾患、混合性クリオグロブリン血症などでも過敏性血管炎を生じ、はっきりした原因がつかめないものもあります。男女差や好発年齢はありませんが、小児にみられるシェーンライン・ヘノッホ紫斑(しはん)病は、この疾患の亜型とされています。
 下肢や腹、腰などの下半身を主に、腕、胸、背部などの皮膚表面に、少し硬めのしこりのような紫斑ができます。点状出血、皮膚潰瘍(かいよう)、水ぼうそう、じんましんなどの症状がみられることもあります。紫斑などが消失した後や、慢性化、再発したケースでは、色素が沈着することもあります。 
 皮膚症状が目立ちますが、発熱や関節痛、筋肉痛、腹痛、倦怠(けんたい)感、体重減少などの全身症状とともに、腎(じん)臓や肝臓、肺、腸管、脳神経などの内臓が侵されることもあります。
過敏性血管炎の検査と診断と治療
 治療では、原因となった薬剤などを取り除き、軽症の場合は特に何もせず自然に治るのを待ちます。中等症で皮膚に病変が限定されている場合は、対症療法が行われます。
 重症で全身症状が激しく、皮膚以外の臓器障害ある場合は、中等度から大量の副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)の投与が行われます。血尿、蛋白(たんぱく)尿に対しては、抗血小板薬、血管強化剤の投与が行われます。腎不全に対しては、一般の腎不全に準じた治療が行われます。

 

 

オレの妻も冷静だった

 

今回、おふくろも過去の経験上(おふくろの年の離れた実兄も20年前に糖尿病をわずらっていて足が腫れて、緊急入院してそのまま帰らぬ人になった)覚悟をしてたみたいで、俺もその話を聞いたときは、はじめて親父の死というものを今回意識しました。体に何か覆いかぶさってくるような不思議な感覚で心臓も鼓動が早くなりました。

 

妻にも話したら、まあ冷静な立ち位置目線で、「20年前と今とじゃ状況はだいぶ違うよ、医療も進歩してるしね。希望を持とうね。」って言われて、「確かにそうだな。」と素直に思いました。実際、妻の言ってたその通りだったのでよっぽどオレとかおふくろは冷静さを欠いていたんだなと思いました。

 

結び

 

結果、すぐに退院できたので、ほんとうに良かった~~。

 

「親父、2020年の東京オリンピックはみたほうがいいぜ!絶対!一時は見れないのかな~と本当に心配したよ~、ほんとそれまでなんとか頑張ってくれよ!」

 

こんな冗談も実家で言えるようになりました。

妹が言うように、完全復活とはまだ言えませんが、今年の6月は記憶に残る梅雨でした。

 

またみんなで例年のように、お盆を実家で迎えられそうです。ご先祖様に感謝です。

 

だけどほんとうに女性陣は強いね、おふくろといい、妹といい、オレの妻といい、イザとなったときに肝が据わっているというか、オタオタしないというか、やること・できることはしっかりやるというか、強い女性に囲まれていてほんと良かった。感謝感謝。

 

おしまい

 

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